AJ国際高等学院で第13回宗像ユリックス24時間EKIDENに初参加!

『24時間EKIDEN回想記』〜第13回宗像ユリックス24時間EKIDENに初参加!

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【28日05:00】いよいよ戦いの日が始まった!

◆準備したもの◆
  • テント8人用
  • テント2人用
  • グランドマット1人用
  • ガスランタン
  • ストーブ×2
  • 机×4
  • 椅子×5
  • 折りたたみテーブル椅子
  • 水18リットル×2
  • 灯油18リットル
  • 寝袋×4
  • 木炭6kg
  • サッカーボール
  • バレーボール
  • ビーチボール
  • グローブ×2
  • 野球ボール
  • カラーバット
  • カラーボール×3
  • フリスビー

  28日(土)朝5:00。前日よりTaishi、Taiga、Kotaを僕(中島)の家に泊め、 約束していた起床時刻となった。彼らの寝る2階からは、起きた様子が感じられない。 しっかりと走ってもらうためにも、もう少し寝かせておこうと5時20分くらいまで起こさずにいた。

  その間、家の前に車を動かし、すぐに荷物が積み込めるよう、玄関先に荷物を準備。 そして2階にあがり、

『起きろ起きろぉーーっ!!』

無理やり3人を起こし、バタバタと準備させ、 荷物を積み込めるだけ積み込み、いざ戦いの場、宗像ユリックスへ向かった。

  宗像ユリックスへは、午前6時前に到着。 まだこの大会に参加するチームの準備はほとんど行われていなかった。 初参加ということもあり、早めに準備をし、大会がはじまるのを 今や遅しと待つくらいが良いだろうと考えてのことだ。

  他のみんなは10時集合としているので、Taishi、Taiga、Kotaと僕の4人で積んで来た荷物を あらかじめ決められたテントをはる場所まで運び、8人用の大型テントをはった。 テント張りという重要な準備をほぼ終わらせたところで、僕とTaigaは再び残った荷物を取りに中島宅へ。 ストーブ2台と灯油、水を積み込み、会場へと戻って来たのは7時前。他の参加者の準備が始まろうとする時間だった。

 Taigaと僕は、

『男のロープワークだぁ!』

と叫びつつ、本を見ながら、テントをペグとロープでしっかりと固定。 Taigaと二人でもやい結びや、伸縮自在の結び方などを学んでいった。

『ロープワークができる男はかっこいいぞ!』

などと言いながら・・・。

【28日10:00】全員集合

  集合時間の10:00になり、KeitaとHiroがHiroのお母さんに送られてやって来た。そして宮本先生も登場。Hiroのお母さんはテントをはじめ、おにぎりやバナナ、 サンドイッチなども作って持ってきてくれた。残念ながらHiroのお母さんが持って来てくれたテントは、 支柱とシートの大きさがあわないもので、再度違うのを取りに行ってもらうことに。本当ならば僕が取りに行くべきだが、動く事ができないので、 申し訳ないと思いつつお願いした。本当にすみません・・・。

  そうこうしていると、10:30近くなって、Jun-san、Riko、そしてTomomiが到着。そんな中、僕は大会本部にTaigaとKeitaを連れて、 選手受付・追加登録、各種資料の受け取りに本部に向かった。

【28日11:30】代表者会議そして開会式

  11:30になり大会直前の代表者会議が行われた。大会に参加するにあたっての注意事項等々の説明があり、2時間おきに代表者会議が行われる旨の伝達があった。 会議を終え、テントに戻り、皆にゼッケン・リストバンド・足に付ける集計チップの説明をし、12時から始まる開会式にみな参加することを確認した。 大会に参加するということは、大会が決めたルールを守り、会議、開会式・閉会式に参加するということ。自分勝手な行動は許されない。しっかりと釘をさしておいた。

  開会式の12:00となり、チームの旗を持ち、みなで参加。長ーーい話などもなく、不満な声なく開会式を終え、いよいよスタートが迫ってきた。一度テントに戻ると、 Tomomiのお母さんとお兄さんが差し入れを持って駆けつけてくれており、そして別のテント支柱を再度Hiroのお母さんが持ってきてくれていた。 残念なことに、またまた支柱とシートが合わなかった。 何度も僕らのために動いていただいたのに神様は少し意地悪だった。

【28日13:00】24時間EKIDENスタート!!

スタート  スタートも迫り、駆けつけてくれたTomomiのお母さんたちや、Hiroのお母さんを手伝う事もできず、あわてて出走順を決める。とは言ってもかなり適当だが・・・。

『俺が一番で、次Jun-san、そしてTaigaね。後は決めておいて!』

それだけを言い残し、僕はカメラマンに指名したKeitaを連れてスタートラインへ向かった。

  スタートラインへつき、軽い屈伸を繰り返し、その時を待った。

『いよいよ始まるんだな』

と心でつぶやいた。

カウントダウンが始まり、ついにその時が来た!!

『バンッ』

参加の87チームが一斉に飛び出していった。

【28日13:00】思った以上にきついことがわかった第1ターム

周回数走者時刻
1周中島13:00
2周13:04
3周13:08
4周Jun-san13:12
5周13:17
6周Taiga13:22
7周13:25
8周13:29
9周Kota13:33
10周13:37
11周宮本13:42
12周13:47
13周Keita13:52
14周13:57
15周Tomomi14:01
16周14:06
17周Hiro14:12
18周Taishi14:18
19周14:22
20周14:26
21周14:30
  はじめ2、3周くらいは楽勝であろうと皆が思っていた。 1周ごとの交代は他チームと比べても圧倒的に参加者が少ないAJチームにとってかなり大変であることもあり、 最低2周くらいはしてもらうつもりでみなが走ったのがこの第1ターム。

  しかし、僕も含めて、走り終えた人、全員が

『これはきつい!!』

と気付いてしまった。 緩やかな上りと下り、そしてさんさんと照りつける太陽、あまりにも元気の良い走りをする他チームの面々。 全てが予想以上だった。全てをなめ過ぎていた!

  そんな中、Hiroのお母さんから渡された冷たいオシボリだけが、 暑さときつさから開放されたばかりの僕らにとって唯一の幸せな時間だった。

  この24時間EKIDENにはもう1つの戦い!?があった。それはTaishiと僕が2週間くらい前に、 互いに

『より多く走る』

と宣言しあったところから始まる。 そんなこともあり、この第1ターム、僕が3周するとTaishiは4周してきた。

『お、Taishi勝負する気だな!』

と嬉しくなった瞬間でもあった。

  さてさて、この第1タームで

『これはきつい!!』

と気付いてしまったみんなは、 次の第2タームでその影響がもろに出てしまうことになっていく・・・。

【28日14:34】早くもダメか!第2ターム

周回数走者時刻
22周中島14:34
23周14:40
24周14:45
25周14:50
26周14:54
27周14:58
28周Jun-san15:02
29周Taiga15:08
30周15:11
31周Kota15:15
32周宮本15:20
33周Keita15:25
34周Tomomi15:30
35周Hiro15:35
36周Hiro母15:43
37周Taishi15:47
38周15:52
39周15:57
40周16:01
41周16:05
42周16:09

Jun-san   さて第2ターム。僕とTaishi以外はそろって第1タームよりも周回数を減らしてきた。しかも、Taigaを除いてみんな1周である。

『もはや、これまでなのか!?』

『早くも、途切れてしまうのか!?』

などと思わず心でつぶやいてしまった。

  しかし、確かに陽射しはきついし、トレーニングもせずにこの24時間EKIDENにのぞんでいる人にとっては、 この1周850mは過酷だと思われる。あまり無理は言う事はできない。そんな中、リフレッシュするためみんなに大会期間中開放されているシャワーを浴びるようにすすめていった。僕自身も6週走った後、浴びた。 頭から少しぬるめの水を浴び、汗を流し、疲れこわった筋肉を少しほぐし、できる限り早く回復するよう願った。 やっぱり最後は神頼み。願うしかない。

  さて24時間EKIDENのもう1つの戦いだが、Taishiが第1タームで僕より1周多い4周走ったので、僕は負けじと6周走ることにした。 するとTaishiも6周走り、第2タームが終わった時点では、Taishiが僕より1周リードとなった。 どちらが根負けをするかの勝負になりそう。

  そんなTaishiの頑張りを見てか第3タームは少し状況が変わって来た!!

次は『根性見たよ、炎の変則第3ターム!!』

  この第2タームの時にTaigaのお父さん・お母さん・お兄さんが差し入れと応援グッズを持って駆けつけてくれた。 また他の色々な人から助けや応援をいっぱいいただいた。 24時間駅伝に参加します!と声高らかに言ったが、多くの人の協力があってはじめて成立するものであるので、 本当に感謝感謝である。

【28日16:12】根性見たよ、炎の変則第3ターム!!

周回数走者時刻
43周Kota16:12
44周16:18
45周16:22
46周16:27
47周Taiga16:32
48周16:37
49周16:42
50周16:47
51周16:52
52周16:57
53周17:02
54周中島17:08
55周17:13
56周17:18
57周17:23
58周17:28
59周17:34
60周17:39
61周17:45
62周Riko17:50
63周Jun-san17:55
64周18:00
65周Keita18:04
66周18:08
67周18:14
68周Tomomi18:20
69周18:26
70周宮本18:32
71周18:38
72周Taishi18:43
73周18:47
74周18:51
75周18:56
76周19:00
77周19:05
  Taishiに触発されてか、第2タームで1周しかしなかったKotaが4周走ってくれた。 Kotaはいつもそんな所がある。口では『無理だ!』と言ったかと思えば、とても頑張ってくれたりする。 その一瞬一瞬で思ったこと、感じたことがすぐに言葉として出てきてしまう。 Kotaらしいと言えばKotaらしい。

  そのKotaからタスキを受け取って、負けじとTaigaが頑張った。3周目に差しかかったところで、

『まだまだ大丈夫!』

とTaigaは言い、結局7周一気に走った。850m×7周=約6kmという距離である。 コースの起伏と厳しい陽射しの中で頑張ったTaigaはとてもたくましかった。

  さて、つぎにタスキを受け取ったのは僕(中島)である。僕自身がみなよりも先に弱音を吐くことはできないので、 どんどんと右ひざが悲鳴をあげる中、なんとか8周した。 Taigaが7周したので8周以上しようと思って望んでいたのだが、3周くらいから実はバテバテ。足も重かった。

  次にタスキを受け取ったのはRiko。Rikoは小3でAJから参加した唯一の小学生である。

『絶対走らない』

と言っていたRikoであるが、 Taigaが走ってる時に何度も

『Rikoの走る姿が見たいなぁーー』

と言っていたら、 どうやら、お母さんと一緒であればと言うことになったらしい。 1周走り終えて帰ってきたら、

『小学校の持久走よりも楽だったぁー!』

と言っていた。

  第2タームでは1周だった面々が、2、3周走り出した。Jun-san、Keita、Tomomi、宮本先生。Tomomiが言うには、

『走らんといけんような気がして・・・』

ということだった。

  相手に何かさせたいならば、まずは自分がすること。自分がしてる姿を見せること。 今回の24時間EKIDENで大切にしたかった僕自身のテーマである。それが少しできたような気がした嬉しい瞬間だった。 宮本先生からタスキを受け取ったTaishiも彼の中にある『負けたくない!』という気持ちをエネルギーにこの第3タームもしっかりと6周してきた。 Taishiの根性をしっかりと感じることができた。

【28日19:10】100周で一時中断!みんなよくやったよ。

周回数走者時刻
78周Kota19:10
79周19:15
80周Hiro19:20
81周Taiga19:29
82周19:34
83周Hiro母19:39
84周中島19:44
85周19:50
86周Taishi19:55
87周19:59
88周宮本20:03
89周20:09
90周Tomomi20:13
91周20:20
92周Jun-san20:25
93周20:32
94周Kota20:36
95周20:40
96周Taiga20:43
97周20:48
98周Keita20:54
99周Taishi21:00
100周21:05
一時中断(21:10)
8時間10分走破

  午後7時をまわり、みなの疲労はピークに。誰も走りたくないという雰囲気が漂いはじめた。他チームが20〜30名くらいで参加する中、 また走ることが得意であるチームがほとんどの中、走ることが素人の少人数チームのAJにはやはり厳しいものがあった。 僕(中島)自身も右ひざが限界に達していたこともあり、本日は100周で一時中断をし、睡眠をとった後、再度走り始めることを決めた。 みな最後の力を振り絞り、できる限りの気力・体力を使って走ってくれた。

  Hiroも自分たちの1周に必要な気力・体力の数倍の気力・体力が必要な中、よく頑張った。 自分たちが1周しかできない中、Hiroにとってはもっときつい1周をすることになる。Hiroも頑張れる範囲でよく頑張った。

  Keitaも相変わらずの突然の無茶な行動を入れつつ、気力・体力を奪われる中、走った。 今回の突然の無茶な走りは、タスキを渡すとき全力疾走していたこと。交代を待つ他チームの選手からも『若いねぇー』などと言われたようである。

  100周という近い目標ができると俄然みな元気になってきた。 TaishiとTaigaはジャンケンでどちらが100周目を走るか決め、勝ったTaishiが100周目を走ることとなった。

  『みんなお疲れ様。今日はよく頑張りました!』

【28日21:10】晩御飯、そして遅い助っ人

周回数走者時刻
101周平川22:19
102周22:25
103周22:32
104周22:38
105周22:44
106周22:50

  一時中断で、ようやくゆっくりとご飯を食べられる状態になった。 本日は走らなくてよいという安心感からかみなの表情も穏やかになっていた。 Taigaのお母さんが差し入れてくれた水餃子やHiroのお母さんが差し入れてくれたおにぎりなどをゆっくりとお腹に入れていった。 そして、昼間失った塩分を漬物や梅干で補給した。

  Taiga、Kota、Hiro、Jun-sanの4人はテーブルで大人のゲーム!に興じ、Keitaは早くも就寝。賢明な選択である。 Tomomiと宮本先生と僕(中島)は楽しい会話をし、Taishiは疲れからか抜け殻状態だった。

  そん中、姉妹校である久留米中央高等学院から平川先生が助っ人として駆けつけてくれた。 しかしながら、本日の走りは終了。とりあえず、水餃子を食べてもらった。 もう僕らは走る気力は本日ないので、タスキを受け継ぐ人はいないが平川先生にとりあえず少し走ってもらうことに。

『最低4周以上は走ってもわんとね!』

と少し意地悪して言い、 3周目まわって来たときに追い討ちをかけるように(これも冗談だったのだが・・・)、

『はい、あと5周ねぇー』

そう言ってから、しばらくTomomiと宮本先生と楽しく話をしていて、平川先生の頑張りに気付かず誰も応援していない状況に・・・。 ふと思い出して、

『平川くんは、まだ走りよるんかねっ??』(中島)

『あははは、ははは』(Tomomi)

頑張って走っていたのに全くひどい僕らであった。

  疲労困憊して平川先生は帰って来ると、

『誰も見てくれてなかった!』

と悲しそうに言っていた。

『あははは、ははは』(Tomomi)

【29日05:20】日の出

  夜の寒さは厳しかった。想像以上の寒さだった。みなも寒さと戦いながら寝ていた。 僕(中島)は何度も何度も目を覚ましつつ、なんとか朝5時を向かえ、テントから出ると、 HiroとKeitaが既に起きており、やかんを火にかけ暖をとっていた。 ストーブがあったのだが、火をつけることができなかったようで、すぐに火をつける。 そうこうしていると、太陽が東の空から昇ってきた。久しぶりにじっくりと見た日の出だった。

  少しするとTomomiが起きて来た。一度はテントで寝ようとしたものの寝れなかったようで、 明け方まで起きていたらしい。寒くて、何度か足をあたために、シャワールームを往復していた。

『起こしてくれたら、ストーブつけたのに!』

  そんなことなどをTomomiと話しつつ、二人でキャッチボールをした。 Tomomiはなかなかボール投げがうまい。どうやらお兄ちゃんに鍛えられたらしい。 ただ顔面かどこかにボールをぶつけた事があるらしく、少々キャッチングには恐怖心があるようだが・・・。

【29日06:40】再び走り(歩き)始める

周回数走者時刻
107周中島06:40
108周06:48
109周06:57
110周07:05
111周07:13
112周07:21
113周07:30
114周07:39
115周07:47

  Tomomiとのキャッチボールで少し体が温まってから再び走る(歩く)ための準備を始めた。 HiroとKeitaとTomomiと僕(中島)以外はまだテントの中で寝ている。昨晩、Taishiに1周差をつけられた状態で終わっていたので、 寝ている間にリードすることにした。

『負けられない!』

しかし、右ひざはかなりの重症であったので走る事は困難なため、沿道の応援の人たちの目を多少気にしつつもコースを歩く事にした。 1周、2周、3周・・・。周を重ねながら色々考える。ただ歩くだけでは、なかなか伝えたいものが伝えれらないような気がし、歩いて11周し、 合計30周にすることに決めた。しかしながら、6周、7周するうちに段々と右ひざが歩くだけで激痛が走るようになってきた。 なんとか根性で乗り切ろうかと考えたが、9周目の途中で限界を感じ、9周したところでコースを回るのを止めた。

『中途半端で伝わるかな?』

そんなことを考えつつ、67分で9周しテントに戻って行った。

【29日08:00】朝食

  テントに戻るとHiroのお母さんが朝食を持って来てくれていた。温かい味噌汁とご飯。

『おいしいっ!』

  そうこうしていると、皆がぞろぞろと起きはじめた。僕の9周を知ったTaigaは、

『先生、ナイスファイト!』

と言ってくれ、Taishiは、

『・・・』

無口となった。

『ごめん、Taishi。作戦勝ちやね。』

【29日09:00】痛い体を我慢しつつ再び走る!

周回数走者時刻
116周Taishi09:15
117周Taiga09:28
118周Taishi09:34
119周Tomomi09:39
120周中島09:44
121周宮本09:59
122周10:05
123周Keita10:10
124周10:16
125周平川10:21
126周10:28
127周10:34
128周Kota10:40
129周10:45
130周Jun-san10:52
131周Riko10:56
132周Hiro母11:03
133周Taishi11:10
134周11:15

  9:00の代表者会議を終え、24時間EKIDENのゴールとなる13:00まで4時間となった。 朝食を食べ終えた皆、痛い体に耐えつつ、再び走りはじめた。その先陣をきったのがTaishiだった。 しかし、Taigaが走った後、次に走る人が決まらず、再びTaishiが頑張って走る。 その姿を見てか、Tomomiが次に走ると言った。

『俺も負けられない!』

みなの戦う姿を見て、僕(中島)も負けじとタスキを受け取る。

『そして、みなに火がついた!!』

宮本先生が2周走り、Keitaが2周走り、平川先生が3周走り、Kotaが2周走り、 そして、Jun-san、Riko、Hiroのお母さんが1周ずつ走って、最後にTaishiが2周。

  残念ながら、AJみんなの24時間EKIDENのタスキはここで再び途切れたが、 みな限界だった。精神的にも肉体的にも。 しかし、みながその苦しさの中で走り始めるそんな姿を何度も見ることができ、 みなを誇らしく思った。素敵に感じた。立派だった。 ひょっとしたら、まだやれたのではないかと悔しく思っている人もいるかもしれない。

『それでも、みんな立派です。』

【29日13:00】いよいよゴール!

周回数走者時刻
135周中島12:33
136周Taiga・Taishi12:45
Goal!!

『ついにその時が来た!』

  TaigaとTaishiが13:00前の最後の1周を二人でした。 そして、Taigaのお母さんが作ってくれた応援旗と、チームの旗を持ち、みんなで最後の1周をする。

  きつく苦しかったであろうが、みな明るい顔をしていた。 充実感もあるような気がする。きつかったが楽しかったと言ってもくれた。 来年の24時間EKIDENの話も出た。

  きつく苦しい思いで走ったコースをみな笑顔で歩く。 この大会の申込みのときに書いたコメントを思い出していた。

『ひとりではできない、簡単には成し得ないことなので、この24時間EKIDENに参加しました。 みんなでタスキをつなぎ、みんなで助け合い、みんなで感動を分かち合います。がんばりますっ!! 』



『ひとりだけではなく、みんなできつく苦しくもやり遂げました。 みなの汗がしみこんだタスキをしっかりと身につけ走りました。そして、みんなで一緒にゴールしました。 そして今、みんな立派に輝いてますっ!!』



  ゴール前での記念撮影を終え、閉会式に参加。24時間EKIDENがそして終わった。

【おわりに】応援していただいた全ての皆様へ

『最後に、多くの方に色々な形でこの24時間EKIDENを応援していただきました。
心より感謝いたします。本当にありがとうございました。』

AJ国際高等学院
学院長 中島靖博